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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)2784号 判決

原告 高橋茂 外一名

被告 東洋軌材株式会社

主文

原告奥村庄市の請求を棄却する。

被告会社の昭和三一年一月一六日の臨時株主総会においてなされた

(一)岡田信次、右賀徳保、砂永紀義、南出保太郎及び浜地辰助を取締役に選任する。

(二)渡辺和夫を監査役に選任する、

との決議を取り消す。

訴訟費用中原告高橋と被告との間に生じた分は被告の負担とし、原告奥村と被告との間に生じた分は同原告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は主文第二項同旨及び訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、

一、被告会社は昭和二五年一〇月二五日設立された鉄道軌道用品の製造並に販売、鉄道用機械器具の製造並に販売及び右に附帯する一切の業務を目的とする発行済株式の総数六〇、〇〇〇株、一株の金額五〇円、資本の額金三、〇〇〇、〇〇〇円の株式会社であり、原告高橋茂は被告会社の六、〇〇〇株、原告奥村庄市は被告会社の一四、〇〇〇株の株主である。

二、被告会社は昭和三一年一月一六日、臨時株主総会を開催し、岡田信次、右賀徳保、砂永紀義、南出保太郎、浜地辰助を取締役に、渡辺和夫を監査役に選任する旨の決議をなし、同年二月一一日その旨の登記を了した。

三、しかしながら、右株主総会の決議は次の理由によつて取消さるべきものである。

(一)  被告会社は右総会の招集通知を原告等に対してしなかつた。

(二)  被告会社の株主でない加藤外次を右総会に出席させて、議決権を行使せしめた。

(三)  株主に対する総会の招集通知には単に「取締役、監査役選任の件」とのみ記載せられ、選任せらるべき取締役及び監査役の員数を記載しないから会議の目的たる事項の記載としては不適法である。

(四)  右総会においては招集通知に会議の目的たる事項として記載されない「取総役一名増員の件及び監査役一名減員の件」をも決議した。

(五)  右総会においては取締役及び監査役の選任につき議長にこれを一任する旨の決議をなし、議長において取締役及び監査役を選任したものである。

以上のとおり、本件株主総会はその招集手続及び決議の方法につき瑕疵があるから、右総会においてなされた決議の取消を求めるため本訴に及んだと陳述し、

被告の抗弁に対し、「抗弁事実(一)の中原告奥村がその有する株式払込金領収書(一四、〇〇〇株)分を被告主張の頃、当時の被告会社代表者岡田信次に対して交付したことは認めるがその余の事実は否認する。原告奥村は岡田に対し、右株式払込金額領収書の保管を依頼したものにすぎず、株式を譲渡したものではない。かりに、株式を譲渡したものとしても、右は株券発行前のことにかかるから会社に対して効力を生じないものである。かりに、この主張が理由ないとしても右株式払込金領収書の授受に際し、譲渡証書又は名義書換のための委任状が添付されていなかつたのであるから、株式譲渡の効力は発生するに由なきものである。従つて原告奥村は依然被告会社の株主たるを失わない。抗弁事実(二)は否認する。かりに被告会社が昭和三一年七月三〇日にいたり、同年同月二五日現在の株主名簿上の株主に対し株券の発行をして、原告奥村には株券の交付をしなかつたとしても、かかる会社の違法の措置により株主権を喪失せしめらるべき何等の理由がないので被告の主張は失当である。」と述べ、

証拠として、甲第一乃至第三号証、第四号証の一、二、第五号証の一乃至三(いずれも写)、第六号証、第七号証の一乃至三、第八号証を提出し、証人榎本[金辰]太郎、同木原徳太郎の各証言原告奥村庄市及び被告会社代表者岡田信次の本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立は全部不知と述べた。

被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する」との判決を求め、答弁として、

一、請求原因一、の事実中、被告会社が原告主張のような株式会社であること、原告高橋茂が被告会社の六、〇〇〇株の株主であること及び原告奥村が設立当時一四、〇〇〇株の株主であつたことは認めるが、後記のとおり、原告奥村は昭和三〇年七月頃右株主権を喪失したものである。

二、請求原因二、の事実は認める。

三、請求原因三(一)の事実中、被告会社が原告奥村庄市に対して総会の招集通知をしなかつたことは認めるがこれは同原告が当時被告会社の株主でなかつたが故に外ならないのであつて何等違法の点はない。

四、請求原因三(二)の事実中加藤外次が本件株主総会に出席して議決権を行使したことは認めるが、その余の事実は否認する。加藤は当時被告会社の一〇〇株の株主であつたものである。

五、請求原因三(三)の事実中、総会招集通知に会議の目的たる事項として原告主張の如き記載のあることは認める。しかし、株主総会の招集通知に会議の目的たる事項の記載が要求されるのは、株主をして予め総会において決議すべき事項の何であるかを知らしめる必要のあるためであつて、決議事項の内容の具体的な記載を要求するものではないから、招集通知に記載すべき会議の目的たる事項は「取締役、監査役選任の件」という記載を以て足るものというべきである。

六、請求原因三(四)の事実は否認する。被告会社の定款によれば、取締役は六名以内監査役は二名以内と定められていて、取締役は六名、監査役は二名が選任されていたところ、取締役二名が昭和三〇年三月中に辞任し、後任を選任しないまま四名のみとなつていた。その四名が同年一二月任期満了により退任したので、本件株主総会でこれを重任すると共に従来欠員中の二名の取締役中一名を補充選任したものに過ぎないので取締役を増員する決議をしたものではない。また監査役二名は昭和三〇年一二月中辞任していたので、右株主総会でその内一名を補充選任したものに止まり監査役の減員を決議したものでもない。要するに会議の目的事項以外の事項につき決議をしたものではない。

七、請求原因三(五)の事実は否認する。本件総会においては議長たる岡田信次に役員の候補者の指名を依頼し、これに基いて選任決議をなしたものであり決議の方法につき何等の瑕疵はないと述べ、

抗弁として「(一) 原告奥村は昭和三〇年三月頃当時被告会社代表者であつた岡田信次に対し、右原告を名宛人とする株式払込金領収書(一四、〇〇〇株分)を交付してその有する株式一四、〇〇〇株を譲渡し、被告会社は右譲渡を承認し、同年七月一五日頃右岡田の請求に基き株主名簿上の名義書換をなしたものであつて、原告奥村は被告会社の株主ではないから、同原告が株主たることを前提とする本訴請求は失当である。

(二) かりに右株式の譲渡が無効であるとしても、被告会社は昭和三一年五月頃株券発行の準備を完了し、同年七月三〇日に同年同月二五日現在の株主名簿上の株主に対して株券を発行した。ところで、原告奥村は株主名簿に株主として記載されてないので株券の交付を受けていないのは当然である。従つて右株券の発行以後は、同原告は何等株主たることを被告会社に対して主張し得ないものである」と述べた。

証拠として、乙第一号証の一、二、第二号証、第三号証、第四号証一、二、第五号証の一乃至三を提出し、証人南出保太郎、同砂永紀義の各証言及び被告会者代表者岡田信次の尋問の結果を援用し、甲第一号証、第三号証、第四号証の一、二の成立は認める。甲第五号証の一乃至三については原本の存在及びその成立を認める。第七号証の三のうち、郵便官署作成部分の成立は認めるがその余の部分及び爾余の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

被告会社が鉄道軌道用品の製造並に販売を目的として昭和二五年一〇月二五日設立された発行済株式総数六〇、〇〇〇株、一株の金額五〇円資本の額金三、〇〇〇、〇〇〇円の株式会社であることは当事者間に争いがない。そこで先ず原告奥村が被告会社の株主であるかどうかについて考察することとする。

原告奥村が被告会社の設立当時一四、〇〇〇株の株主であつたこと、昭和三〇年三月頃、同原告が自己を名宛人とする株式払込金領収書(一四、〇〇〇株分)を当時の被告会社代表者岡田信次に交付したことは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない甲第一号証に証人榎本[金辰]太郎、同砂永紀義、同木原徳太郎(一部)の各証言及び被告会社代表者岡田信次の尋問の結果に右の争のない事実を綜合すれば次の事実が明らかである。すなわち原告奥村は被告会社設立当時からその一四、〇〇〇株の株主であつて、取締役に就任していたが昭和二八、九年頃より取締役南出保太郎との間に感情的な確執を生じ会社運営の円滑を欠くことが少なくなかつたので昭和三〇年三月二二日取締役を辞任し後事を当時の社長岡田信次に託したのであつた。そして岡田の手による事態の収拾を容易ならしめる為同人の持株数を増加せしめることとし、同原告の有する株式一四、〇〇〇株を岡田に譲渡した。然し、被告会社では当時株券を発行してなかつたので、同原告は自己宛の株式払込金領収書を交付しただけであつてこれに譲渡証書その他の書面を添付することをしなかつた。その後被告会社において右株式譲渡の効力を承認し、昭和三〇年七月一五日右岡田名義に株主名簿上の名義書換がなされたことを認めることができる。右認定に反する証人木原徳太郎の証言部分及び原告奥村庄市の本人尋問の結果は措信し難い。

原告は、かりに同原告と岡田との間に株式の譲渡があつたとしても、右は株券発行前になされたものであるから商法第二〇四条第二項により会社に対し効力を生じないと主張する。按ずるに同条項にいわゆる株券の発行前とは現実に株券の発行される時期以前をいうのではなくて、会社の規模と実情とに応じ株券が発行されるべき合理的時期の経過する迄と解さなければならない。けだし、会社は遅滞なく株券を発行すべき義務があるのに、これを怠りながら、株券の発行のないことを理由として株主から株式譲渡の自由を奪うことは信義則からして許されないところであるからである。ところで、被告会社が昭和二五年一〇月二五日の設立にかかることは前記のとおりであつて右譲渡の日まで四年有余を閲していて、被告会社の規模よりすれば株券が発行されるべき合理的な時期は既に経過した後のことに属すること明白であるから、現実に株券の発行はなくとも株式譲渡を妨げられるものではない。もつとも、右譲渡については、株式払込金領収書が交付されただけで、譲渡証書或は名義書換用の委任状その他の書面が授受されなかつたことは前記のとおりであるけれども、現実に株券の発行される以前ではあつても、既に株券を発行すべき合理的時期を経過した後に株式を譲渡する場合には、株券の存在することを前提とした商法第二〇五条第一項所定の方法により得ないことは当然である。このような場合についての法的規整はないのであるが、いやしくも株式払込金領収書が授受されている限り譲渡証書が添付されていなくてもその譲受人が会社に対し譲渡証書以外の資料により株式取得の事実を立証して株主たることを主張することができるし、会社においてその責任と危険においてこの事実を認め、株主名簿に名義書換を了したとき株式譲渡を会社その他の第三者に対抗することができるものと解するのを相当とする。(株式払込金領収書に譲渡証書を添付して授受する方法は一般に行われているところであるがこれは譲受人が株式譲受の事実を立証する方法として最も適当かつ有力であるというに過ぎず、これ以外の方法が許されないものではない。)本件においては、岡田が原告奥村から前記株式の譲渡を受けたことを被告に対し通知し、被告会社においてもこれを認め、昭和三〇年七月一五日株主名簿上の名義書換をしたこと前認定のとおりであるからこの時に株式譲渡を被告に対抗し得るに至つたものといわなければならない。

成立に争いのない甲第四号証の一、二によれば右株式の譲渡後である昭和三〇年五月三〇日及び同年六月一〇日開催された株主総会の招集通知が原告奥村に対しても発せられていることが認められるがこれは前記認定の如く株主名簿上の名義書換がなされた昭和三〇年七月一五日以前のことにかかるから株主名簿上の記載に基ずき同原告に対して招集通知を発したものであると解すべく、右の事実は前記認定の妨げとなるものではない。

よつて原告奥村が株主であることを前提とする同原告の本訴請求は爾余の判断をまつまでもなく失当として棄却を免れない。

次に原告高橋茂が被告会社の六〇〇〇株の株主であることは当事者間に争いがないので以下右原告の主張する取消事由の有無について考察する。

被告会社が原告主張の如き日時に臨時株主総会を開催し、請求の趣旨記載の如き決議をなし、その旨の登記を了したことは当事者間に争いがない。そこで先ず原告の三(一)の主張について考えるに証人南出保太郎の証言により真正に成立したと認められる乙第二号証、証人南出保太郎、同木原徳太郎の各証言を綜合すれば被告会社は原告高橋に対し昭和三〇年一二月二七日株主名簿上の住所に宛てて本件株主総会の招集通知を書面により発送したことが認められる。右認定に反する甲第八号証の記載は措信しない。従つて、この点に関する原告の主張は理由がない。

次に原告の三(二)の主張について考えるに、加藤外次が右総会に出席して議決権を行使したことは当事者間に争いがないが前顕乙第二号証及び証人南出保太郎の証言によれば加藤外次は本件株主総会開催当時被告会社の一〇〇株の株主であつたことが認められる、この点についての原告の主張もまた理由がない。

原告の三(三)の主張につき考察するに、本件株主総会招集通知には、会議の目的事項として「取締役及び監査役選任の件」と記載されていることは当事者間に争がない。商法第二三二条第二項が招集通知に会議の目的たる事項を記載することを命じているのは、株主をして会議の目的たる事項の何であるかを知らしめ、表決に備えしめようとするにあるけれども営業譲渡、定款変更、資本減少及び合併のように商法が特に議案の要領を通知及び公告に記載することを命じた場合(第二四五条第二項、第三四二条第二項、第三七五条第二項、第四〇八条第二項)の外は単なる議案の輪廓を明かにする議事項目の記載を以て足ると解するので、本件において招集通知に選任すべき取締役及び監査役の員数を記載しなかつたのは招集手続の瑕疵となるものではない。

原告の三(四)の主張について考えるに、成立に争いのない甲第一号証第五号証の二、証人南出保太郎、同砂永紀義、被告会社代表者岡田信次の尋問の結果を綜合すれば、被告会社の定款には取締役は六名以内、監査役は二名以内とする旨規定されていて、当初取締役は六名、監査役は二名が選任されていたところ、取締役二名が昭和三〇年三月中に辞任したが後任を選任しないまま推移して四名のみとなつていた。その四名が同年一二月任期満了により退任したので、本件株主総会でこの四名を重任すると共に従来欠員中の二名の取締役の内一名を補充選任したもので、取締役増員の決議をしたものではないこと、及び監査役二名は昭和三〇年一二月中辞任していたので右株主総会でその内一名を補充選任したものに止まり、監査役減員の決議をしたものではないことが認められ、議事日程に記載のない事項を決議したものとはいい得ないから原告のこの点の主張も理由がない。

最後に三(五)の主張につき案ずるに、成立に争のない甲第五号証の二によれば、本件株主総会では取締役、監査役の選任を議長に一任し、議長において、主文第二項記載の者をそれぞれ取締役、監査役に選任したものであつて、議長が出席株主から取締役、監査役候補者の指名を依頼せられて、これが指名をなし、右指名に基ずく候補者につき株主が選任決議をしたものではないことが認められる。右認定に反する証人南出保太郎、同砂永紀義の各証言及び被告会社代表者岡田信次の尋問の結果中右認定に反する部分は措信しない。

然らば右決議はその方法が法令に違反するものというの外なく取消を免れない。

よつて民訴法第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男 伊藤和男 太田昭雄)

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